身体拘束

人生

 私が体調不良で苦しんでいた時、入院をした。その時の初めは記憶が殆どなく、断片的に、家族、医者の話や看護師の動きをお思い出せるだけだ。食欲がなく、殆ど食べずアルコールだけは浴びるほど飲んでいたので、体がおかしくなるは当然のことであろう。精神的にもおかしかったと思う。入院する前の日から、体調はいつもより酷く、朝お母さんが私をいつも通院している精神科の病院に連れて行った。この時の記憶は朦朧としている。いつもの主治医はいなかった。主治医がいたらその後の出来事も違った展開になっていただろう。精神科では、何を言われたか覚えていないが、総合病院に回された。総合病院で即入院になった。後から考えると2から3日は意識はなかった。その後意識は混濁していたが、点滴を受けていた事は覚えている。後から精神科の看護師から聞いたら、酷い栄養失調で驚いたと言っていた。病室は個室で、病室の入り口についている戸の窓から音が聞こえてきたのも、衰弱した体が精神をおかしくしていたものと思われる。リズムが一定のその音は今でも時々思い出す。トイレはいけず個室の仮設トイレで済ませていた。2から3日して少し落ち着いてきた。私はもう歩いてトイレに行けると思い、外のトイレ生きたいというと家族、看護師に駄目だと言われ、激高して大暴れをした。ある看護師の「凄い力ね」と言った言葉は鮮明に覚えている。何人にも押さえられ、救急車で元の精神病院に戻された。救急車には知り合いがいて、慰められたのはほっとした。精神病院に行くと、主治医がいなくて別の医師が、私に「身体拘束の同意書」への記入を求めた。総合病院での大暴れを考えれば仕方ないかと、渋々記入した。身体拘束は、体をベッドに貼り付けるのだから最初は痛くはないが、徐々に辛くなってきた。手足を動かせないのだから、それは精神的にも参った。その時の惨めな思いは忘れられない。間もなく主治医が来てすぐ、身体拘束は解かれた。主治医には、総合病院での大暴れを「パニック障害ですね」と言われ、その後主治医には良くして貰った。入院している時大暴れする入院患者も見たが、身体拘束はされなかった。私の暴れ方は、総合病院から見ると手がつけられなかったのであろう。私はトイレにゆかせて貰えば良かったのだが、医師は無理と考えたのだろう。総合病院からの話で、精神病院では身体拘束する判断となったのであろう。

 ただ身体拘束には参った。今身体拘束ゼロをめざす動きもあるようだが、なかなか簡単には動かないと思うが、身体拘束された身からするとゼロを願う。

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