学生時代同じアパートに、九州出身のTくんとMくんがいた。Tくんは目先が利いて要領よく立ち回るタイプなのに対し、Mくんは鈍くさく、融通の利かないタイプだが一端気に入ると半端でなかった。3人でよく飲んだ。語り合うというよりよく飲んだ。私自身酒は強いと思っていたが、Tくん、Mくんは私以上によく飲んでいた。Tくんは少年期から不幸が続いていた。何が原因だったか忘れてしまったが、父親が不幸な死を遂げ、母親もそれから、まもなく気を病んでしまったそうだ。Tくんが中学か高校の時、お母さんが電車に飛び込み自殺をした。Tくんはすぐ呼ばれて、現場で、弟と母親の肉片を一欠片も見逃さないぞと、夜を徹して血まみれになりながら探し続けたそうだ。現場の壮絶な様子が目に浮かび、兄弟のその時の想いが重くのしかかった。Tくんは本当に酒が強く、心の内を滅多に明かさない人だったが、その時は少し飲み過ぎたのか、涙して語ってくれた。その後この話は一切しなかった。私は黙って聞くだけだった。それからの兄弟二人は多感な時期をどんな思いで過ごしたか想像すら出来ない。Tくんのお父さんはある代議士の後援会員で、その方が兄弟二人の面倒を見てくれていたようだが、兄弟の心の傷は一生消えることはないだろう。
Tくんの弟がスリを捕まえた時の話も興味深い。電車内で捕まえたスリを警察に任せた後、その筋の人がすうーと弟に近づき、あのスリは仲間でやっているから直ぐ逃げろといわれたそうだ。その後別の場所で待ち合わせて、色々言われたようだ。彼らも仕事がスリで,邪魔をされれば迷惑で、仕返しは怖いぞと驚かされたそうだ。
Mくんはアパートにいた社会人の人に信服していて、言われればさーと動き、何かと気を使っていた。その反面アパートの学生で少し軽薄な感じで、如才なく立ち振る舞う人がいた。その人の態度の何が気に入らないのか、口汚く罵った。Mくんは、私は気に入ってくれたようで,よく部屋に飲みに来た。その彼の妹がいなくなるという事が起こった。妹がアルバイトをしていた飲食店から、店に来ないとの連絡で分かった。警察に失踪届を出したものの、時が過ぎるばかりで埒があかなかった。アパートの仲間が、時々行っていた飲み屋に出入りしていたヤクザに、この事を相談したら、あっという間に解決した。これには驚いた。妹のアルバイト先の主人が妹を売ったのである。妹は,香港、上海、どこかは忘れたがそのあたりで見つかった。アルバイト先の主人がどうなったかは知らないが、ヤクザは1円も取らず、恩にも着せず、始末をしてくれた。このやくざも変わった人で,ふらりとアパートの現れ、仲間の麻雀を見ていた。何が理由か,我々学生を気に入ってくれていた。ある時私に「見ていろ」といって麻雀の席に座って、牌をかき混ぜて積み終わると、「天和!」といって上がって見せて、ニヤッと笑っていた。勿論やくざは、我々から金を取ることはしなかった。
TくんとMくんは、性格は違い、一見気が合いそうに見えなかったが,仲は良かった。面白かったのが、二人を私の家に呼んだとき、遅くまで飲む我々に、私の母が我々を叱ったのである。その時Mくんが私に、Tくんが私の母の悪口を言っていると、ばらしたのには笑った。
大学を卒業してみんな地元に戻って就職をした。残念だったのが、Mくんが若くして糖尿病で病死したことである。葬儀には行けなかったが可哀想なことをした。彼ら二人の印象はアパートの中でも特別であった。