裁判員制度の導入に向けて、死刑と無期懲役との境界はかねてから法律家の間でも議論のあるところであったが、裁判員制度が導入され、これから国民一般が関心を持たないといけない状況になった。井上薫が1984年から1995年までに、最高裁で死刑が確定した全43件について「死刑の理由」がまとめられた作品が、公立の図書館に備えつけられた。その作品が文庫版になり私も購入して読んだ。その内容を紹介したいと思う。本書はまず解説編で(1)死刑に当たる罪、(2)刑事手続概略、(3)判決書の書式、(4)収録の範囲、(5)編集方針、(6)本書の意義、(7)法廷傍聴のすすめの順で解説をし、その後判決編で43件のひとつひとつの「罪名」「被告人」「判決」「犯罪事実」「判決における量刑の理由」「控訴審判決における量刑の理由」でまとめている。ここではこの本の解説編に注釈をつけて載せたいと思う。ひとつひとつの判決も面白いが、解説編の部分でも長いので辞める。是非読んで貰いたい。
(1)死刑に当たる罪
刑法が規定する死刑を科す犯罪は12醜類あり、憲法31条には、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と記されており、これを裏から読むと「法律の定める手続によれば、生命もしくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科されることを是認する」と言う趣旨である。裁判官は憲法と法律のみに拘束され(憲法76条の3項)審理の結果死刑を科すべき場合は、個人的心情に従って、死刑を回避すること許されない。同様に内閣は法律を誠実に執行する責務を負う(憲法73条1号)。これは内閣の指揮・監督に服する行政機関にも、又その公務員も、死刑を執行する刑務官もこれを拒絶することは出来ない。
(2)刑事手続概略
刑事手続は捜査、公判、執行に大別される。犯罪発生を受けて捜査は、警察官・検察官で行われる。捜査の中心は証拠の収集と犯人の身柄確保である。警察官は捜査の後、事件を検察官に送致する。検察官は独自の捜査の結果も付加して、起訴するかどうかを決定する。
被疑者は起訴後、被告人と呼ばれ、起訴から裁判所の判決が確定するまでを公判と呼び、法定刑の中に死刑が含まれている場合は、簡易裁判所では扱われず、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所で行われ判決に不服な時の上告などがあればそれを経て刑が執行される。死刑の執行は、法務大臣の執行命令を受けた検察官の執行指導により、監獄内で絞首する。
(3)判決書の書式
判決書の被告人の氏名、年齢当など形式的記載事項と、実質的記載事項である、主文(判決の結論を簡潔にまとめたもの)と理由がある。有罪の判決には、罪となるべき事実、証拠の標目(「捜査報告書」、「実況見分調書」、「誰々の供述調書」、「証人Aの供述」などである)および法令の適用を示すことが法律上要求され、これらが理由の主要部分となる。主文は、判決の結論を簡潔に示したもので、死刑を言い渡す場合は「被告人を死刑に処する」が実務慣行で、控訴を排訴する主文は「本件控訴を棄却する」、上告を排訴刷る主文は「本件上告を棄却する」と言う。理由とは、主文を導くための法理論的過程であり、意見自明なようで、裁判実務上混迷の極みと言われている。証拠から犯罪事実を認定する推論の過程は証拠説明とよばれ、被告人が犯行を否認する場合には、証拠説明は被告人の納得のため詳細にされるが、自白事件ではそこまで要求されず、証拠説明に変えて証拠の標目を要求するにとどめる。犯罪を犯した者に対する刑には幅があり、法令の適用の結果、裁判所が科することの出来る刑の範囲を処断刑という。処断刑の中から具体的な特定な刑罰を洗濯することを「刑の量定」といい、その内容は「量刑の理由」と言う項目の中に記載される。死刑事件では、死刑の選択が相当である、あるいはやむを得ないと考えた過程が詳細に述べられるという。
少し重なるが刑について考える。罪刑法定主義(憲法31条)によれば、いかなる行為が犯罪となるか(構成要件)だけでなく、その行為に対していかなる刑罰が科されるかをも、法律(又は法律の委任に基づく命令)が前もって規定しなければならない。こうして規定された刑罰が法定刑である。法定刑には裁量的な選択の余地がないもの(絶対的法定刑→外患誘致罪(刑法81条):死刑のみ)もあるが、大多数の場合には、刑種の選択(選択刑)や刑期の量定(相対的法定刑)について裁判所に裁量的な選択の余地が与えられている。すなわち法定刑とは、ある犯罪に対して科されるべきものとして、法令が罰則により規定している刑罰をいい、処断刑とは、法定刑に,法律上・裁判上の加重・軽減を加えたもの。宣告刑は処断刑の範囲内で具体的に決定される。量刑とは、裁判官が法定刑を定める罰則に刑法総則を適用して定まる処断刑の範囲内で、被告人に下すべき宣告刑を決定する作業のこと。刑の量定ともいう。法定刑とは、刑法によって定められた刑罰の種類と禁錮、拘留、科料などがある。法定刑には死刑のみとなっている犯罪もあるが、ほとんどの犯罪には幅があり、例えば、殺人罪の場合、法定刑は死刑または無期懲役以上となっているが、裁判官は酌量減軽の余地があると判断すれば有期懲役にすることもできる。法定刑は時代や社会の変化に応じて改正される。
(4)収録の範囲
死刑が確定した事件の中で、最高裁判所の判決によって確定したものに限定した。そして 1984年から1995年までにした理由は1984年の永山則夫連続射殺事件の判決である。 刑事裁判では事件当時少年だった永山への死刑適用の是非が争点となり、永山への死刑適用の可否に関する論議のみならず、死刑存廃問題に関する論議にも影響を与えた。永山は第一審(東京地裁)で死刑判決・控訴審(東京高裁)で無期懲役判決を受けたが、最高裁での破棄差し戻し判決(1983年)を経て1990年に死刑が確定し(少年死刑囚)、1997年に死刑を執行された。なお最高裁は1983年に控訴審判決を破棄し、審理を東京高裁へ差し戻す判決を言い渡した際、死刑適用基準について初めて詳細に明示したが、その際に示された基準(永山基準)は後に、死刑適用可否が争われる刑事裁判でたびたび引用され、広く影響を与えている。
(5)編集方針
情報源は、判決書に限った。被告人の人定事項は年齢、性別、職業、最終学歴だけとした。犯罪事実欄は、死刑を選択された犯罪行為を中心に、犯罪行為の要点(誰が、いつ、どこで、何をしたかを含む)をまとめた。量刑の理由部分は、裁判所のその事件に対する見方や感情が比較的顕在化しやすいので、できる限りそのまま載せた。
(6)本書の意義
刑事訴訟事件について裁判所で作成したり、提出された書類は、担当書記官が規則的に綴ったり、ひとまとまりにし管理する。「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することが出来る」(刑事訴訟法53条1項本文)とあり、最高裁判所で終結した場合担当した高等裁判所と地方裁判所を経由し、その地方裁判所に対応する地方検察庁で保管される。現在はインターネットで閲覧は容易である。
(7)法廷傍聴のすすめ
法廷は、憲法82条1項により公開されていて、だれでも傍聴が出来る。本書では傍聴を大いに進めている。
以上のような本であるが、この本が契機で判例集を買ってきて読むようになった。変な小説を読むより興味深く読めた。事件の中身もさることながら、裁判所の中での検察官、弁護士、そして裁判官の思惑も気になった。現実に起こる事件にも、これはどのようになるのかとその後の裁判も追いかけた。法廷の傍聴も行ってみたいと思っていたが、体を痛めて移動がきつく、残念ながら傍聴は諦めた。今は裁判員制度も導入され、事件も色々起こり、少年法も扱いが変わった。でもこの古い本は今読んでも、淡々とした記述に引き込まれる。
参考文献
「死刑の理由」井上薫